「村を育てる学力」

このような文章にであいました。紹介します。

「学力」とは…改めて考えさせられます。

 

「村を育てる学力」

 私は、子どもたちを、全部村にひきとめておくべきだなどと考えているのではない。ただ私は、何とかして、学習の基盤に、この国土や社会に対する「愛」をこそ据え付けておきたいと思うのだ。みじめな村をさえも見捨てず、愛し、育て得るような、主体性をもった学力、それは「村を育てる学力」だ。そんな学力なら、進学や就職だって乗り越えるだろうし、たとえ失敗したところで、一生だいなしにするような生き方はしないだろうし、村におれば村で、町におれば町で、その生まれがいを発揮してくれるにちがいない、と思う。「村を捨てる学力」ではなく「村を育てる学力」を育てたい。…

 村を育て、町を育て、国を育てる学力は愛と創造の学力である。それは、村に残る子どもにとっても、町で働く子どもにとってもしあわせを築く力となり、子どもたちの、この世に生まれてきた生まれがいを発揮してくれる力になっていくのだと、私は信じている。

(東井義雄 『村を育てる学力』1957年)

 

2022年08月03日